÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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蛇を殺す夜
蛇を殺す夜
奥泉光 集英社

 それぞれ「言葉」と「イメージ」を主題にした中編集。なかなか面白かったのだが絶版。図書館で借りるしかないが、表紙がエログロ風味なのでご注意を。作者は売れ行きを気にするなら、もっと売れそうな装丁にすればいいと思う。
 「暴力の船」
 抽象的に言うなら、近代のアカデミックな言葉と暴力、そしてその後のポストモダンの言葉との関係。具体的に言うなら、内ゲバ時代のシラケ世代が経験する無気力で奇妙な大学グラフィティ。
 とりあえず錠念先輩の造形に尽きる。他人の気持ちを考えているようには見えず、論理一点張り。暴力誘因性を持ち、本人にその気はないのに、なぜか非常に見下したような笑顔を浮かべてしまう。外国語は苦手だが(原文にカタカナでルビを振ったりとか)、カタカナ語は得意。マルクスを信奉していてその「理想世界」の実現を確信しているが、そのイメージは曖昧で具体的達成手段もない。もちろん宗教とは阿片。
 あれだけ軽蔑しきっていたそんな錠念先輩こそが、今を生きる『僕』にとってまさしく『先輩』なのである。最後に静かにひっそりと死にゆく彼に『僕ら』がかける言葉は既になく、そして彼は喪われていくのである。
 「魔の山」のセテムブリーニ氏と同様、気づかず矛盾をはらみながら、それでも近代理想主義の達成のために己を決して曲げないところは、その頑迷さも含めて、素直に尊敬に値するようにも思える。
 ウツボ船のエピソードを中心とする暴力との関係はよく分かりませんでした。

 「蛇を殺す夜」
 身も蓋もなく言えば、マリッジブルー気味の主人公が、婚約者との彼女の実家への旅行中に初めて性交渉を行おうとしたら起たなかったことを、ずるずると考え続ける話。
 少年であり、謎めいた女であり、下卑た中年男であり、性欲そのものでもあり、ありとあらゆるイメージの奔流の中心に据えられている「蛇」が不気味で引き込まれる。
 語り続けていくことによって流れ出した全てのイメージは、語ることによって溶けて曖昧になりながら、そのあまりの存在感に引きずり込まれそうになりながら、そこから抜け出すために、今や名前しか知ることのできない婚約者の名前を主人公は呼び続ける。
 表題通り、『蛇を殺す夜』なのだが、実際蛇を殺せるのかとか、もし殺したとしてそうしたら主人公はどうなってしまうのか、と考えると主人公の行く末は結構悲観的かもしれない。
 あまりにも意味のない苦役と虐待に耐え続けながら、ほんの一瞬に月を眺め夢を見る熊は一筋の希望。
 結構笑いどころもあって、途中で主人公に送られてくる強迫状の三文官能小説もどきが可笑しすぎる。今時使わない(と思う)「ギヒヒ、ゲヘヘ」とか突如出てくる文学的表現とか。作中では尻切れ蜻蛉で終わっているが、もちろん続きが気になる。その他、確率や結婚観のエピソードもありお得。
 通称『へびころ』だが、あまり人気がない話らしい。面白いのに。やっぱり装丁が悪いのだと思う。
* 2006/10/08(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0

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