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ミステリ・オペラ
ミステリ・オペラ
山田正紀 ハヤカワ文庫

構想3年、原稿用紙2000枚の著者渾身の本格ミステリ。濃いめの表紙が示すとおり、なかなか詰まった内容になっている。
 あらすじ。ビルの屋上から、萩原規子の夫・祐介が、意味深な遺書を残して飛び降り自殺をする。その死を受け入れられない規子は、家の古文書(日中戦争時の満州を書いた、二つの「宿命城殺人事件」と良一なる人物の「手記」)を読み進めていくうちに、夫の生きている「平行世界」の存在を確信するようになる。甲骨文字による殺人事件の予言、消えた古代人の骨、浮遊する人体、謎の検閲図書-黙忌一郎(もだしきいちろう)、50年の時を経て二つの時代の謎が交錯する果てに、明らかになる真実とは。
 検閲図書館、満州事変、オペラ「魔笛」、二重密室、探偵小説など魅力的な小道具勢揃いなのだが、いまいち期待していた程けれんが少なくて、まともな感じに仕上がっていたので肩すかしな感じがした。検閲図書館のキャラクターが意外に薄かったのが原因だろうか。もっとも、キャラクター小説ではないので、そんなものかも知れない。
 登場人物にいまいち共感できなくて、淡々と読んでしまった。誇大妄想癖を持った佐和が一番受け入れやすかったかも知れない。小心者の古谷も意外に良かった。
 「魔笛」が聞いてみたくなる一冊だった。
(以下ネタバレあり)


 奥泉光の「グランド・ミステリー」との類似を感じた。戦争という莫大な死者が出る中での、殺人事件の真犯人を当てる意味。「歴史」を知るものと歴史改変。宗教がかっている占部と、国家神道を信奉する紅頭など。個人的には、奥泉の方が好みなんだが。
無理矢理、すべての謎をミステリ的なものとして収斂させるところに、作品自体の幅が狭まってしまったように思えた。凝りに凝った暗号も、そうしなければならない理由にいまいち説得力がなかった。
 権力者の側の描写が何ともずさんで、小悪党と誇大妄想癖の老人ではどうにも説得力に欠ける。権力者側の言い分や、その主張も描いてこそ、反対の普通一般人の主張が力を持つはずであろう。
探偵小説でしか語れない真実というのがあるのも、また事実であるんだぜ。
と、虚構に託してこそ表現できるメッセージがあると、作中に何度も出てくるのだが、猟奇的なもの・非日常の物によって伝えなければならないメッセージとはいったい何だったのか。肝となる検閲図書館の黙忌一郎が単なる普通の善人として描かれているので、そこまでの迫真性に欠けてしまう。犯人に対する処置は、本当にあれで良かったのだろうか。彼だって、全てを知る立場にいながら、何ら有効手段をとれないという点で、仕方なかったにしろ、非難可能性があるかも知れないのに。結局、善と悪の境界がはっきりしていて、権力者=悪という構図では、訴えかけるものが少ないのではないのだろうか。「検閲」というせっかくの魅力的素材が、生かし切れていなくて残念。
 と、批判だけ書き連ねてきたが、権力者の作る「歴史」に対しての、名もなき人々が作り上げていく「手記」との対比は良かった。最後のシーンも物静かで薄暗い情景が、それまでの力業の展開に静かな幕引きを与える。(センチメンタルに流れている気もするが)
 さいごに好きな部分から一節。
「だからといって、この戦場を舞台にし、一人の人間が殺させたからといって、それが何だというのか。これほどまでにおびただしい命が浪費されているというのに!人間一人が殺されることにどんな意味があるというのか。意味などない。そうさ。ここでは”死”など何の意味もない。全くの話、アクビの出るような凡庸さじゃないか。たんなる浪費にすぎない。」(中略)
「死者たちよ、蘇れ。この侮辱に憤れ。否の声をあげろ。この無意味な”死”を受け入れることに甘んじるな!」
* 2006/01/20(金) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0

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