÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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虚無への供物
虚無への供物
中井英夫 講談社文庫


 ミステリー界の『黒い水脈』の3冊目である「虚無への供物」。正面からアンチミステリーを掲げたこの作品を読もうと思い立って、早半年。ようやく読み終わったので感想を書いてみる。
 あらすじ。洞爺丸事件という大規模な船の沈没事故で両親を失った氷沼家の蒼司と紅司、そして従兄弟の藍司。まだ見ぬ「ヒヌマ・マーダー」を防ぐために、自ら探偵と自認する久生は、友人の亜利夫を氷沼家に送り込む。しかし、密室の中で紅司が不可解な死を遂げた。その事件の真相について、亜利夫たちはそれぞれに推理合戦と称して、推理を語る。しかし、そんな中で犯人に近いと見られていた蒼司らの叔父の橙司が密室の中でガス中毒死する。推理を語っていく程に錯綜していく、事件の真相とは。
 とりあえず、ドグラ・マグラに較べたら読みやすい。書かれたのが戦後と言うこともあるし、出てくる沢山のキャラクターが生き生きとしているので、話に引き込まれやすい。ミステリマニアのとんちんかん探偵、奈々村久生嬢と、「ミイ」なんて言ううさんくさい口調の藤木田老が一押し。
 シャンソン・薔薇・不思議の国のアリス・五色不動の由来についての様々な蘊蓄や、ノックスの「探偵小説十戒」や密室談義などミステリファンにはお馴染み(らしい)の会話など、ペダンチックな一面もあるが、やっぱり目玉は各探偵の推理合戦。同性愛の気配が後ろに仄かに漂っているのも、妖しい雰囲気を醸し出している。
 社会的事件が書き込まれている分だけ、多少古臭い感じがしないでもないが、この細かい描写こそが、この小説を重要なものに仕立て上げているのだろう。間に社会派ミステリを挟むが、これだけの人気を持つだけ合って、この作品は後の推理小説にも大きな影響を与えている。例えば、衒学性というより蘊蓄は京極夏彦へ、ミステリのお約束への挑戦は麻耶雄嵩あたりに受け継がれていく。(というか、これくらいしか知らない)

注意)以下、ネタバレを含むアンチミステリ覚え書き



 社会的事件として溢れる、大量死や猟奇殺人。その「無意味な死」に対抗するには、ひとつの死を動機とその手段から究明していく「ミステリ的な」死が必要である。
 この殺人事件を完成させるのは、人の死に興味本位でその謎だけを漁っていく探偵達。そして面白さを求めて読み進めていく読者たち。
 何の変哲もない薔薇を「虚無への供物」とみなす虚構。「虚無への供物」を否定しながら、虚構を現実とするために行われる殺人。そしてその虚構が、現実に現れる符号と共に、犯人の精神を追いつめていく。
 地の文と混じり合う小説内小説、犯行が起きる前に犯人を止めるべき探偵、ひとつの犯行に対する様々な解釈。次々に死んでいく犯人と目される者達。決定的な証拠がない場合、たったひとつの解釈を真実と見なすべき根拠はありうるのか。
 これまでの多くの探偵小説が無邪気に信じてきた、合理的に考えていけば必ず真実は明らかになると言うこと、そして犯行をさせるための動機が(世俗的なものでも芸術的なものでも)誰にでも分かる形で存在していると言うことを、この小説は鮮やかに批判する。
 ミステリというジャンルは、制約が多い。(例えば作品中でも言及されるノックスの「探偵小説十戒」) 逆に言えば、その制約によるゲーム性によって、エンターテイメントとしての価値を担保している。しかし、無反省にその制約に従っているだけでは、ジャンル全体の沈滞は免れない。「虚無への供物」は、意識的にこの制約に疑問を投げかけている。
 社会派ミステリは、個人ではなく社会に責任を帰することで、動機と手段の違和感を回避しようとした。逆に、新本格派はミステリ特異の枠組みを徹底して肯定することで、ミステリというジャンルを成り立たせようとする。最近では多くの叙述ミステリが生み出されているが、それは制約を破ることによって、逆にミステリのゲーム性を際立たせるものであるからだろうか。
 犯人の名が存在しない薔薇の色を冠していることが、何の象徴であるのか。『お約束』である最後の告白のみが、ただ告白者を真犯人たらしめるのである。
* 2005/12/18(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0

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