÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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失われた時を求めて5
失われた時を求めて5

第三篇ゲルマントの方1
マルセル・プルースト 集英社

 500頁を超えるボリュームは、さすがに圧巻。サロンの情景は、登場人物が多くて大変。前の方でちょろっと出てきたことが、思いがけないところで語られたりしていて感慨深い。息の長い文章にはようやく慣れてきたので、少しずつ読むのも苦痛ではなくなってきた。次の巻で折り返し地点。今年中に読破は無理そうなので、今年度中を目標に。
 あらすじ。語り手の健康のために、一家はゲルマント家の土地の一角に引っ越しする。ゲルマント侯爵夫人にあこがれた語り手は、彼女を毎日待ち伏せし、オペラ座でゲルマント侯爵夫人とゲルマント大公夫人を見かける。そして、夫人に紹介して貰うためにドンシエールにいるサン=ルーに会いに行く。パリに帰った語り手は、ヴィルパルジ侯爵夫人のサロンへと行き、ゲルマント家の人々と出会う。そんな折り、語り手の祖母の病気が悪化する。
 気になったり、面白かった点
恋のためのサン=ルー利用法。(vous→tu)
ラシェルに振られたサン=ルーと通りがかりの男色者の諍い。
ユダヤ人であるブロックやラシェルの屈折した態度。
かつて多くの男を不幸にさせたヴィルパルジ侯爵夫人。
メーテルランク(象徴派)を理解しないゲルマント公爵夫人。
シュルリャス男爵と一緒に帰ると聞いて、慌てるヴィルパルジ侯爵夫人。
モレルの登場。
サン=ルーからの恨み節付きの手紙。
 気になる祖母の容態は、以下次巻。

○ドレーフュス事件のメモ
1894年陸軍大尉のドレーフュスが反逆罪容疑で逮捕される(筆跡の類似)
1895年有罪判決により、ギアナの悪魔島へ流刑
    兄のマチウとベルナール・ラザール(文筆家)が疑いを持ち、調べ出す
1896年ピカール中佐が筆跡がエステラジー少佐の物であることに気付く
    告発するが、威信が揺らぐことを懸念する軍によって握りつぶされる
    「ル・マタン」紙に「明細書」のコピー掲載。重要資料に
1897年ピカール中佐、チュニジアへ左遷
    マチウがエステラジー少佐を告発
1898年ピカール中佐退役に処せられる
    軍法会議はエステラジーに無罪宣告。ピカールを告発。
1899年エミール・ゾラが「われ弾劾す」を発表。多くの知識人がドレーフュス派に。
    ゾラは有罪判決を受け、イギリスへ亡命
    エステラジーは文書偽造の疑いで逮捕、退役、イギリスへ亡命
    ドレーフュスの有罪証拠の文章が、アンリ中佐によって、ピカールを陥れる民に偽造した物であることが発覚、アンリは逮捕、後に監獄で自殺
    ドレーフュスの判決は、破棄差し戻しに
1906年ドレーフュスに無罪判決

宣伝や運動で国内を二分する一大事件へと発展、大衆政治キャンペーンの時代へ
ユダヤ主義と反ユダヤ主義
共和制維持と共和制打破(教会・軍部・王党派)に別れる
軍部の威信の失墜、保守派も表舞台から去る
政教分離の推進
急進派の台頭

* 2005/11/26(土) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0

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