÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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天人五衰
天人五衰
三島由紀夫 新潮文庫

 いよいよ長かった『豊饒の海』も最終作です。
 あらすじ。三保の松原の近く清水港の帝国信号通信所で働く聡明な16歳の少年、安永透。八十になった本多は、透を清顕の第三の生まれ変わりでないかと考え、養子にして英才教育を施す。しかし透はやがて本多に反旗を翻す。
 最後の有名な、あっけないラストを読めただけでとりあえず満足。
 ずっと『見る』者として主人公と距離を取り客観性を堅持していたはずの本多こそが、何もなかったところに輪廻転生を『夢見る』者としてこの長い小説を物語っていた語り手であり、彼の人生を通して作り上げた物語の主人公であったのだなあ、と勝手に自分でまとめておくことにします。
 一度も美しい肉体を持つことのなく老いた、傍観者である本多の反転像としての、若く美しい安永透の対比も楽しいです。透もまた『見る』者を標榜する側に立ち、それゆえに一切の不幸や愛情からの影響を排していると確信している。その確信は虚偽に過ぎなかったけれど、本多が死に向かうそのときに、彼は次の命を生み出していく。透が盲目となって美醜の境をなくし、絹江の狂気に裏打ちされた強固な自意識の中へ逃げ込むことで完成する二人の愛情の形は、なかなか歪んでいて素敵です。

 一応宗教思想と理性から超越したものを目指して書いてある(らしい)本書ですが、ひまついでに若干ミステリ的な読み方をしてみます。
 この長大な小説のなかで、実は作者は一度も輪廻転生が確かに実在のものであると確信できる記述がないところが、意地が悪くて楽しいところです。結局物語を貫く輪廻転生の理全部が、本多の思いこみの産物でしかなかった可能性をきっちり留保しているということです。透は輪廻転生の贋物だったと言うことになってますが、そもそもそれまでの3人が生まれ変わりであるというはっきりとした確信は、本多の思いこみにしかありません。あらやじき(漢字が分からない)これこれといった素人には意味不明な仏教思想のところは衒学ミステリお得意の理論付けとしてとりあえず置いておけば、3つの黒子と清顕の夢日記だけが輪廻転生の手がかりです。(純粋な生き方とか20歳までに死ぬといった符号は、一応偶然で片づけられる範囲内だとしておきます)
 ラストシーンで登場する、かつての当事者であり、かつ仏門に入り世俗の超越者となった聡子の言葉には真実性が期待されます。けれど彼女の言動もまた彼女の主観を示すものでしかなく、全ての真偽は不明なまま、静寂だけが確かに残されるラストシーンを迎えます。
 全てを相対化させ、あらゆる価値を没落させる『真実』であるはずであった輪廻転生の思想もまた相対化を避けられず、『真実』ではなかったのでは?と示唆されるラストです。
 なんというアンチミステリ的オチ!

 4冊にもわたる装飾過多な文章と積み上げた思想の全てを惜しげもなく捨てて、最後の静寂しか残っていないシーンを迎える、その壮大に無駄なところに感銘です。
 「豊饒の海」という乾いた砂漠の何もなかったところから始まり、美しく華麗な物語を紡いだ後、また何もなかったところに戻っていくという意味で、まさしく「文学」作品だなあという感じでした。
 普遍的思想を綴った書として価値があるのかというと微妙だけれど、小説としてはなかなか楽しい。
* 2009/09/27(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0

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