÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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神器 軍艦「橿原」殺人事件
神器 軍艦「橿原」殺人事件
奥泉光 新潮社


 ぎりぎり8月に間に合いました。
 終戦記念日に『火垂るの墓』を金曜ロードショーで見るだけが戦争を忘れないことじゃないんじゃないかなあ、と思っている小説好きの方にどうぞ。
 最初は戦争小説かつ脱力系ミステリかと見せかけて、実はSFで耽美小説で、スパイ小説で不条理文学で幻想小説風味で、さらには文学でオカルトでホラーでメタフィクションで、おまけに戯曲や俳句もありという、もう何がなんだかとにかくごたまぜの(多分)楽しい小説です。
 あらすじ。探偵小説好きの石目は上等水兵として、1945年初めに軽巡洋艦「橿原」に乗船することになった。天皇が艦底にへばりついているという噂。5番倉庫の得体の知れない積荷。その周りで発生した怪死事件。異常発生する鼠。ミステリ好きの興味をそそる謎を抱えているこの軍艦にはなにやら重要な任務が課されているらしい。やがて艦内には不穏な空気が漂い始め、目的地も知らぬまま任務に就く彼らの向かう先とは?

 同じく太平洋戦争での艦上の殺人事件を扱った『グランド・ミステリー』にくらべると、ミステリ部分は本当に物語の導入装置というか、扱いが軽くなったというか。ミステリ部分はSF的な部分まで含めれば、一応論理的な解決は付きます。ついでにいつも通り、全部単なる幻覚だったかもという逃げ道付きなのは、なんかずるい感じがします。多分ミステリを期待して読むと相当がっかりしますが、逆に思いも寄らないところで楽しめると思えば、案外得した感じがするかも。
 切腹して首がごろごろと転がるシーンも、三島由紀夫の『奔馬』を読んだ直後だったためか、やけに楽しくなってくる感じです。結構エログロシーンも多いのでお好きな方はどうぞ。
 『白鯨』『黒死館殺人事件』『毒入りチョコレート殺人事件』など文学やジャンル小説の有名作パロディとしても楽しいので、ジャンル小説好きにもいいかも知れません。
 各所にこれまでの奥泉作品に出てきた小道具が顔を出すファンサービスがこころにくいです。太平洋研究所とか、ロンギヌス物質とか。でも私にはこれらの小道具の役割がよく分かったためしはないです。
 愉快だった登場人物は宇都木航海長。この艦でほとんどただ一人冷静であり、まともに頼れる指揮系統である彼がで、漂う狂気に憤りながら玉砕してでも鬼畜米英に抵抗すべきだと語るシーンは涙なしには読めません。戦死した戦友に怯え、生への欲求を捨てられず、どうにもならないを戦局誰よりもよく知りながら何の手も打つことは出来ず、最後にもう語るべき言葉を持たない彼が、淡々と死地に赴くしかない結末に、こういった負け戦での責任感ある軍人ほど哀しいものはないもんです。

 全体としては、戦後60年以上たった今に、戦争を体験していない作家が日本人として太平洋戦争を小説として書くとはどういうことなのか、本当に真面目に考えたのなら、こんな小説になるのかあと思う小説でした。

以下ネタバレ

 元ネタである『白鯨』のモビー・ディックがアメリカそのものを象徴するのだとしたら、三種の神器と天皇を乗せた軍艦「橿原」は日本の象徴そのものになるのでしょう。
 戦争をしていた兵士達は、軍国主義に染められ悲惨な戦争と敗北に導いた者として、当時の日本からも現代の日本からも見捨てられ、贋日本人である『鼠』となって船の底で戦い続ける。
 敗戦国日本に生きる現代人は、負けるはずのない日本のために戦ってきた軍人達に贋日本人である『鼠』として、日本人であるとは認められない。
 お互いに断絶し、断絶させてしてしまった贋日本人達、というか『鼠』たちが演じるやたらシュールで大げさに誇張したような戯曲部分は、壮大に語ることでやっと、あがないきれない苦しさや悲しさをを文字にすることが出来たようなエネルギーに満ちています。
 福金鼠と毛抜け鼠のバカバカ言い合いながらの、ちょっとした交流が可愛らしくて良かった。毛抜け鼠の出自は結局さっぱり分からないので、他の作品にも出るんでしょうか?
 ラストシーン、日本そのものであった「橿原」がアメリカによって破壊され、ともに板切れにつかまって浮いている石目と毛抜け鼠が、生き残るためにアメリカの艦船に向かって手を振るシーンが、やっぱり過去も現代も一緒じゃないとねえという感じで、上下巻付き合ってずっと読んできた身としては感慨深いです。
 「戦争の狂気」といった分かったような言葉でくくって、現代と断絶した視点であの時代を見るのではなく、時間をおいた現代だからこそ可能な視点で、いま現代に生きている自分とあの時代に生きていた人たちの共通するものや、違いを考えることが、この「日本」を描いた小説の一つの役割なのかなあと思いました。
 時間も場所も飛び越えて、イマジネーションを働かせて、小説的レトリックを通じてこそリアルに想像して繋がってみるという、小説だからこその歴史の捉え方が出来る力作です。

 ジャンル融合力による楽しさ大爆発で、それでいながら戦争や歴史、あるいは現代日本について改めて考えてみさせる力のある本書も良いけれど、硬質なミステリと見せかけて実はトンデモな『グランドミステリー』も結構好みで捨てがたいです。
 ところで本書もたいがい荒唐無稽な作りですが、戦争トンデモ本の金字塔『キャッチ=22』も飛ばしっぷりが素敵なので、こういうのが好きな人にはお勧めです。
 元ネタの一つの「白鯨」は未読なので、読んでおこう。あと、「毒入りチョコレート事件」も。

 ごたごたしているピンチョンと続けて読んで疲れたので、次は何かシンプルなものを。
* 2009/08/31(月) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0

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