÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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作者の死
作者の死
ギルバート・アデア 早川書房

 テキスト論的完全犯罪の方法について。論文っぽい簡潔な文章は読みやすく、適度な長さで、文学論オタクには楽しいミステリ。興味ない人には最後の言葉を捧げたいと思います。
 あらすじ。アメリカでテキスト論の大家となったレオポルド・スファックスは、女学生のアストリッドに伝記を書かせてくれるよう頼まれる。しかし、彼にはかつてヨーロッパでナチス協賛を行ったという後ろ暗い過去があった。学者であるスファックスが過去を葬るために考え出した完全犯罪とは。
 ロラン・バルトを端にして、いまや文学読解のひとつのスタンダードであるテクスト論の骨子を適当に要約すれば、文字に書かれたテキストは作者の事実関係と対応させて読むのではなく、作者と切り離して、読者が自由に解釈すべきだというもの。一度書かれてしまったテキストは作者の手から離れ、独り歩きを始める。だからテキストにとって、作者が生きていようが死んでいようがどうでもよく、ロラン・バルトの論文の題名は『作者の死』。
 さて、その題名を冠した本書が暴くべきミステリとは何か?もちろんそれは、とある登場人物の死などではない。テキストは外部の何も指し示さないとテキスト論が言うのなら、テキストである本書が示せるのはただテキストだけ。だから謎はテキストそのものにしかないはずなのだ。
 という一風変わったひねくれたミステリ?でした。

 面白かったシーンは、シェイクスピア像で殴り殺されてしまった某教授。作者研究でさんざんいじられ尽くしてしまったのではないかというほどの聖域とも言えるシェイクスピアで、古くさいぼんくら文学教授を殺害してしまうという悪趣味がたまりません。
 わかってみるとがっかりしたのだが、死はまさに、苦境という言語学的現象を表す一つの名前にすぎない。そして私は、金を返してもらいたい気がする―読者よ、あなたも、この偽りに満ち、ふざけた、無意味な本を閉じながら、たぶん、そういう気がしているだろうが。

以下、ネタバレ

 スファックスが死んだはずなのに、小説を語っているのは誰なのかというと、テキストが作り上げる虚像の『スファックス』なのだろうか?『スファックス』はテキスト上の存在だから、スファックスが死んでも死なない。本の終わりこそ、テキストの中に存在する『スファックス』の死である。そして彼がつくり上げたこのテキスト、つまり「アップル・マック・テキスト」も真偽不明だ。
 また、読者である私も、死んだ彼が提唱するテキスト論を使ってこの小説を読む。
 そして語り手が語るこのテキストは全て虚構で、私がテキストを読んだということ以外、本当のことなど何一つ分からないのでした。
* 2009/06/07(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0

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