÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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迷路のなかで
迷路のなかで
アラン・ロブ=グリエ 講談社文芸文庫

 全く面白みのない文章の積み重ねで、こんなに面白すぎる小説を書いてしまうロブ=グリエはすごいなあ。さすがヌーヴォー・ロマンの旗手、恐るべし。
 あらすじ?何かの包みを持った敗残兵が雪の降る街を歩いている。彼はそれを誰かに渡すのが目的らしい。疲れた彼は少年に導かれてパブに入るが、記憶は曖昧でなにもかもがはっきりしない…。
 とりあえず出てくる少年が何でかすごく魅惑的です。謎だ。ストーリーの謎に一応オチめいたものはつくけれど、単純にそれで終わらないあたりがやっぱり嬉しい。
 で、ヌーヴォー・ロマンらしく、いちおう主観を排した客観的情景を示した文章ばかりが続くのだけれど、書いてあることは客観的どころではなくて全く何がなんだか分からないのが楽しすぎる。客観的文章だから客観的内容になるわけでもなく、それどころか乖離はいっそう進むのであった。
 あったかい書斎、降り積もる埃、壁紙の模様。あるいは寒空の下、降り積もる雪、靴裏の模様。書斎に掛けられたパブの情景を描いた絵。隠れ家に掛けられた兵士の写真。書斎の上のテキスト。全てを繋ぐはずの壁の裂け目からは、何も見えない。きっとロブ=グリエがにやりと笑っている気がする。
 語り手が誰なのか、兵士なのか、作者なのか、写真に写った兵士なのか、最後に語る彼なのか、よく分からないし平気で飛び移る。ここがどこなのか、雪の路上なのか、書斎の中なのか、パブなのか、パブの絵の中なのか、小説の中なのか、よく分からないし平気で飛び移る。一体何を描写しているのか、目の前の体験なのか、記憶なのか、記憶の捏造なのか、絵や写真を前にしての想像なのか、記憶を元にした手記なのか、全てが虚構のフィクションを書いているのか、よくわからないし平気で飛び移る。
 普通こういう記憶や想像と体験の齟齬を描いたもの、あるいはメタフィクション構造を描いた作品はその位相の上下関係があります。体験は記憶より確かだし、書かれたものは書いた者より下です。でも、この作品にはそんな上下関係なんて皆無です。だって全部テキストに書かれた約束事に過ぎないのに、そんな上下関係にどんな意味があるのでしょう。『作者』の書いたものなのか、作中人物の単なる想像か、絵や写真からの連想か、シームレスに移りかわる全ての文章は『テキスト』であるという点で全く平等です。単なる文字の連なりに過ぎない文章からそれらを選り分けていくのは、読者の頭の中にある約束事に過ぎないのですから。
 いつものわかりやすい約束事を捨てて、単なる『テキスト』となってしまった文章を改めて関係づけていくのは読者の役割で、頭をぐるぐるひねりながら読んでいくと楽しい。正解なんて全くないけれど、その分幾通りの読みも可能になるはずなのだから。
 何が言いたかったかというと、ロブ=グリエ最高に格好いい!

 ちなみに始まりはこんな感じ。文章だけ読むと、面白い感じが全くしないのがいい。
 いまは私は、ここに、ひとりで、全く安全なところにいる。外では雨が降っている。外では雨の中を、頭を前に傾け、片手を目の上にかざしながら、それでも自分の前を、自分の前数メートルのところ、濡れたアスファルトの数メートル先を見つめて歩いている。(中略)外では日が照っている。影を落とす木もなく、灌木もなく、太陽が真っ向から照りつける中を、目の上に片手をかざしながら、それでも自分の前を、自分の前わずか数メートルのところ、ほこりっぽいアスファルトの数メートル先を見つめて歩いていて、(中略)
 ここには、日の光ははいってこないし、風も、雨も、ほこりもはいってこない。
* 2009/02/21(土) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0

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