÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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レストレスドリーム
レストレスドリーム
笙野頼子 河出文庫

 私が私であるために、言葉が織りなす悪夢と戦い続ける物語。力強い虚構によって生み出される、圧倒的な悪夢のリアリティに気圧されつつも、非常に楽しく読むことができました。
 あらすじ。夢を見ているわたしは、桃木跳蛇というキャラクターとして夢の中にいる。ココが夢の世界だと分かっていない人間達はゾンビとなって私に襲いかかってくる。わたしはゾンビとならないために、このスプラッタワールドという夢から脱出するために、「アニマ」や「王子様」など様々なゾンビと戦い続ける。
 つまらない解説をしてしまえば、言葉によって作り出される共同幻想を現実として無批判に受け容れている人たちがゾンビであり、それが夢だと気付いて違和感を感じている人たちが主人公ら「夢見人」である。この本がフェミニズムとして捉えられているのは、「男」と「女」という言葉には特に強力にこの幻想がまとわりついているからであり、また「女性」である作者がその幻想に苦しめられたからこその描写が異彩を放っているからかもしれない。ゾンビになってしまった人たちとの対話はすでに不能で、ひたすら戦い続けるしかないのが苦しい。
 生き残るためには、スプラッタシティの歩調を合わせるための曖昧なリズムに違和感を持ちながら、それをよく聞き分けること。そして、自分のリズムを持ち続けること。跳蛇のシャドウである「アニマ」が「知的で自由な女」という言葉のもと、矛盾した男の理想をかなえようともがき苦しみ、最後には原因も過程も理解できぬままバラバラの肉塊になり果ててしまうのは、やっぱり哀れ。女性が「女」という言葉を使ったとしても、本当に見極めて使わないと、ただの自分を縛る腐った言葉になってしまって、フェミニズムって難しいんだなあと思う。
 ドラクエの攻略本を参考に書いたということで、闘いのシーンはゲーム性に富んでいて面白いし、「馬鹿女」階段での試練のシーンはスリリングで手に汗握るし、映像化したらすごく楽しそうと思うんだけれど、それだけの需要が見込めるかどうかは微妙…。
 とうに意味など失われてしまったような夢見人たちを縛ることしかしない腐りかけた言葉ばかりがはびこる中で、時々出てくる真剣な言葉が非常に印象に残る。最後の闘いで女達の嘆きと生きたいという怨念によって塗り固められた弓矢の宣言や
鉄の銛のように真っ直ぐな言葉だった。こんな風に読めた。―お、も、い、だ、せ、お、ま、え、は、も、も、き、と、び、へ、び
あと、跳蛇と私のラストシーンではじめて、優しい言葉が出てくるのにしんみりとしてしまった。
 10年以上前の作品なのに、現実という悪夢があんまり変わっていなくてびっくりした。夢見人たちの闘いはいつまで続けばいいんだろう。

 今回の引用。
「女は大地(ブタ)で肉体(ウシ)で現実(さる)なのっ」
よく見る文章だけど、本当に何なんでしょうこれ。言葉はよく考えて使わないと、すぐに腐ってしまう典型例だと思う。
* 2008/05/10(土) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0

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