÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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オセロウ
オセロウ
ウィリアム・シェイクスピア 岩波文庫

 ナボコフの短編「いつかアレッポで」が気になったのと、四大悲劇でまだ読んでなかったなあ、と思ったので読んでみた。訳はあんまり凝りすぎることもなく、すらすらと読みやすい感じ。
 あらすじ。ムーア人(黒人)でヴェニスの将軍であるオセロウは美しいデズデモウナを妻にする。オセロウの副官の地位をキャシオウに奪われたイアーゴウは、復讐のために、デズデモウナがキャシオウと浮気をしているとオセロウにほのめかす。嘘に過ぎないそれを信じてしまったオセロウはデズデモウナを手に掛けてしまうのだが…。
 今さらながら、シェイクスピアはやっぱりうまいなあと思いました。ムダがほとんどない引き締まった構成に、わざとらしくはないが全体を予言するような意味深な台詞回し、各登場人物の対比が光る類似と相違、そしてそれぞれの意志を超えたところにある運命という名の悲劇。個人的には、マクベスやハムレットより分かりやすく、壮大なところはあまり無いけれど、とっつきやすいかもしれない。
 シェイクスピアの作品は、同じテーマが少しずつずらしながら繰り返され、何層にも重なっていく多重構造が多いような気がするのだけれど、ハムレットの場合は『復讐』だったテーマは、オセロウの今回は『愛と信頼と裏切り』という感じでまとめたら分かりやすそう。
 オセロウはデズデモウナの貞節を信じ切れずに、愛情のまま彼女を裏切る。キャシオウは酒に酔って、オセロウの部下への信頼を裏切る。デズデモウナはオセロウとの愛のために、父親ブラバンショウを裏切る。イアーゴウは副官になれなかった恨みから、オセロウを裏切る。
 けれど、オセロウがデズデモウナを信じ切れなかったのは、結局彼女の自分への愛情と自分自身を信じ切れていなかったからでは?そしてイアーゴウがオセロウを恨んだのは、オセロウ同様に自分の妻が裏切ってオセロウと寝ていたという噂を聞いたからでは?そもそも、讒言という手段を取ってまでオセロウの副官になりたかったイアーゴウは、オセロウを上司として愛していたのでは?という感じで、結局何が始まりだったのかよく分からない。
 そんななかで、愚かだけれど最後までオセロウへの愛と信頼を貫いたデズデモウナと、真実を語るという正義を通したエミーリアは、裏切りが続く本書のなかでひときわ輝いて見える。けれど彼女たちの勇気は『死』という形でもって報いられるあたり、シェイクスピアは容赦が無くていいなあ。そう言えば、オセロウとイアーゴウは妻殺しを犯している点でも共通するのか。
 とにかくシンプルだけれど錯綜していく運命の筋書きのなかで、何がなんだかよく分からなくなっていくのが面白かった。

 結論。ロダリーゴウは愛すべきバカ。

第一幕第三場
イアーゴウ
 わかった。出来たぞ。あとは地獄と夜の手でこの化け物を明るい世間へ産み落としてもらうばかりだ。
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* 2009/05/17(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0
読書メモ
九百人のお祖母さん」
R・A・ラファティ ハヤカワ文庫

ちょっと毛色の変わったSF短編集。
ふざけた現実世界をSF的にちょっとずらして、奇妙な味に仕上げたような印象の作品。
頭はいい変人達と、スーパー人工知能たちが歴史改変や珍妙な発明品騒動を繰り広げる「研究所」シリーズが特に面白かった。
一番楽しかったのは「その町の名は?」
消えてしまったシカゴの町と消えた記憶、ばかばかしいような顛末と科学者とAIだけが知り得たほんの少しの郷愁が心地よい。

中二階
ニコルソン・ベイカー 白水Uブックス

噂のニコルソン・ベイカーの作品から。
靴ひもやドアノブやミルクのカートン容器など、日常のどうでもいいようなものに些末な考察をうねうねとつづる文体が楽しい。こういうエッセイ風のものが陥りがちな、ものにかこつけた単なる過去の思い出話じゃないの?という自己批判も入っていて、思わずにやりとしてしまう。
というか、ほんとによくこんなことまで考える人がいるものだ。
本文と何が違うんだかよく分からない、思い入れたっぷり、分量もたっぷりの注釈も楽しい。
最後のポーランド(だったか?)の科学者が、靴ひもの強度に対してきちんと論文を発表しているくだりにはちょっと感動せざるを得ない。どこか世界の遠いところで、こんなささやかなどうでもいいことでも、おんなじ考えを持っているひとがいたっていうのがなあ。

<象徴形式>としての遠近法
エルヴィン・パノフスキー 哲学選書

二次元という平面空間である絵画に、三次元空間を詰め込む<道具>としての遠近法。
その<道具>はどのような背景を元に現れ、発達し、完成へと至ったのか。
ルネッサンスに完成した近代遠近法で描かれた絵は、目で実際に見る視覚とは若干違っていて、違和感を感じるわけだけれど、とても合理的に構成されている。
古代ギリシャでの様式を解体し、中世絵画・彫刻で再統合のための様々な試行錯誤を繰り返しながら、均一・合理的な空間をあらわす様式を作り上げるまで。
これからヨーロッパ絵画を見る時に、何かの足しになるかも。
ところで本文の三倍以上ある注釈、しかも妙に著者の思い入れがたっぷりのそれに、『中二階』を読んだ後だからのせいか、笑いがこみ上げる。

ナボコフの1ダース
ウラジミール・ナボコフ ちくま文庫

SF、ポルノ、ミステリなどなど、様々な小説様式に乗っ取りながら、どこか不思議な小説になっている。
小説はもちろん本当のことじゃなくてフィクションであって、だからこそとても楽しい物語になるのだけれど、小説に書いたとたんに本当であったことのはずまでフィクションになってしまって、書けば書くほど色んなことがぼやけてしまって、そもそも本当にあったことって何だっけみたいな哀しみがつきまとう、そんなことに自覚的な不思議な色合いの小説が面白かった。
以下、特に面白かった話の雑感
「夢に生きる人」
蝶好きのナボコフさんっぽい短編。オチは読めるけど、そこにいたるまでの執着と報われなさの対比がよい。
「城、雲、湖」
人類の一員でいるための難しさ。
「いつかアレッポで…」
妻と一緒に亡命のため逃避行のさなか、妻とはぐれてしまい、妻は見知らぬ男に陵辱されてしまった、はずなのだが…。
一貫しない妻の言動と、周囲の不安定。そして、定まらない妻との関係とあやふやになっていく思い出が面白かった。
「マドモアゼルO」
一応自伝。家庭教師であり、いつも悲しみに満ちた顔をしたマドモアゼルOについての思い出話。
つまり、平和な幼年の日にぼくがもっとも深く愛した人や物や、それら心臓を射抜かれたり灰燼に帰したりしたあとでようやくほんとうのかちがわかるもの―ぼくはそれを取り逃がしていたのではなかろうか?
* 2009/05/06(水) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0
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