÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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むずかしい愛
むずかしい愛
イタロ・カルヴィーノ 岩波文庫

 愛またはその不在をめぐる冒険の断片。
以下、気になった短編の感想

「ある海水浴客の冒険」
 泳いでいたら、下の水着が脱げてしまった女性の話。突然に、生身の身体を抱えてしまった女性の苦悩。『女性』という身体にまとわりつく物語について。面白いんだけど、最後のオチがちょっと弱いような。あなたは世界を革命するしかないでしょう。

「ある妻の冒険」
門の鍵が閉まってしまったので、はじめて男友達と外泊をした次の朝の人妻の話。彼女はカフェで色々な男たちと話す。決まりきった日常を相対化することこそが、彼女の不倫。

「ある近視男の冒険」
眼鏡をかけている人ならよく分かるんじゃないだろうか?
眼鏡をかけることで変わる世界と変わる自分についてのあれこれ。

「ある写真家の冒険」
私としては一番面白かった話。友人の家族写真を撮らされる日曜写真家の独身男の話。彼は、自分にとっての理想の肖像写真を求め、恋人となった一人の女をとり続けてみるが。動き変わり続ける客体を固定させ、捉えるとはなんぞや。それは可能なのか?

 眼鏡をかけたり、汽車で肌が触れ合ったり、美人スキーヤーがいたりする日常の一断片が、思索を加えてそれを『見る』とき、ひとつのそして普遍の人生の表象として読める。愛はむずかしく、存在を物語らないことによってしか、その存在を描けない。
 この短編集の写真家や詩人が語るように、生活や概念を語るときにはあれほど豊かにあふれる言葉は、愛について語ろうとするとたん、沈黙してしまう。言葉にならない万人への翻訳不能なことこそが。

 いつものように「ある写真家の冒険」より引用。写真でも小説でもこれは同じだけれど、そのなんと難しいことか。
その写真の中で丸まったり粉々になったりしている像が分かるように、そして同時にインクが偶然生み落とした陰影の非現実性が感じられるように、さらには意味であふれる品々の現実性や、いくら振り払おうとしても纏わりついてくる、あの力が感じられるように、と彼は願っていた。
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* 2008/10/25(土) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
不滅
不滅
ミラン・クンデラ 集英社文庫

 初老の女性のたったひとつの動作から沸き上がり、ゲーテやヘミングウェイや現代チェコ社会やマスコミまで巻き込んで騒ぎ出す壮大なシンフォニー。不滅の原題はimmortaliteだけれど、ここでは直訳で不死のほうがわかりやすいので、そうしておきます。
 あらすじ。色んな要素がありすぎて、まとめきれません。
 指揮者ミラン・クンデラによる500ページから成るオーケストラという感じ。はじめに流れるのは主題となるメロディである、手を前に上げるひとつの仕草。そしてここから、アニェスという女性を軸に展開部に入る。同時にゲーテとベッティーナの副主題が流れる。完全ロバ、割れる眼鏡、自殺する女など様々なエピソードが奏でられる。あやしげなアヴェナリウス教授とともに、クンデラ自身も登場して、ひとつひとつが勝手に走り出しそうなエピソードたちが、全体の一部分を成していることが見えてくる。そしてエピソードたちは共鳴しあいながらクライマックス、すなわちひとつの『死』へと辿り着く。その後の間奏は、本編と全く無関係に見えながら、本編をまた違った角度から照らし出す。ラストに静かにもう一度流れるメロディは、最初の音『不死』である。ゲーテによるファウストのラスト「永遠にして女性的なるものがわれわれを高みへと導きゆく!」の言葉と共に。
 すなわち、この壮大なオーケストラは彼女の『死』と『不死』についての物語だったのだ。
 と、したり顔で書いてみたけれど、あまり意味はないです。大筋だけ追うことが、この小説の醍醐味ではないし。恋愛だったり、家族小説だったり、死生観についてや、社会・マスコミ批評であったり、伝記だったり。どの性や生や死や社会や歴史からも距離を置くことで生まれる軽やかな文章が読みやすく、小さな小節を積み上げ、重なり合わせていく重層が、物語に複雑性と「重み」を加えている。要するに、面白かった。
 不滅の方が構成がよく練られていて、とても壮大だけれど、私としては「存在の耐えられない軽さ」のほうが勢いがあって読みやすかったような気がする。こちらはインテリのための恋愛小説。クンデラらしく、肩肘を張りすぎない程度の知識がちりばめられ、個人・国家・普遍がぐらぐらと絡まりあいながら、不思議な読後感を残します。「存在~」のほうがえろいし。

 いつもどおり好きなところを引用。今回はラスト。ベッティーナのように晴れがましい不滅を望まず、誰からも顔を背けて死んだ彼女について。
アニェスはほんのちょっとの勿忘草(わすれなぐさ)を、たった一輪の勿忘草の花を自分のために買いたいと望んだのだった。見えるか見えないかの、美しさの窮極の痕跡としてそれを眼の前にかざしたいと望んだのだった。
* 2008/10/12(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
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