÷0  ジャンル雑多な読書感想文
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Harry Potter and the Deathly Hallows
Harry Potter and the Deathly Hallows
J・K・Rowling Bloomsbury

 というわけで、ようやく読みました。いよいよ最終巻。
 何だか色々と面倒くさかったので、読み飛ばした箇所が多数。かつ誤読のおそれありという、いいかげんな感想。
 以下、容赦なくネタバレなので、未読の方はご注意を。
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* 2007/08/25(土) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
幽霊たち
幽霊たち
ポール・オースター 新潮文庫

 小説にとって『書くこと』って何なのだろう、ということをテーマにした小説。百ページ強で、よけいな描写を省き、洗練かつ簡潔な筆致で短くまとめてあるのも好印象。まさに存在していることと存在していないことの狭間にある『幽霊たち』についての話。
 あらすじ。1947年2月3日、私立探偵ブルーはホワイトに依頼され、ブラックの監視を始める。ブラックは時折本を読んだり何かを書いたりするだけで、特に変化もないまま、報告書を送るだけの日々がすぎていく。やがてブルーはこの状況への不安におそわれるようになり、ブラックとの接触を試みるようになるが。
 実用的な文章とは違う小説にとって『書く』とはどういことなのか、作者にとって『書く』とはどういう行為なのか、書かれた世界とは何なのかを、主人公であるブルーが隔絶された環境で書かざるをえない状況に追い込まれることによって、問いかけている。他人との了解を前提にして存在する『言葉』を用いて作る小説は、それゆえに書いた瞬間から、まるで本当のこと、そして自分とは別物になってしまう。
 抽象化された世界の中で出てくる具体的なエピソードや小道具、そして限定された日時や場所が、虚構と現実の関係を表しているようで面白い。色を関した名前を付けられた登場人物たちに色彩はなく、それを取り囲むエピソード(黒人選手の話や、デスマスクの話)に全て色を吸い取られてしまったような感じがする。
 漫画とかアニメとかゲームでなく、なんでよりによって『小説』が好きなのか、と考える人にお勧め。
 
 久しぶりに好きなところから引用。
毎週自分が書き綴った報告書が、きちんと順番に並んでいる。黒と白の織りなす世界は何ひとつ意味することなく、沈黙と同じくらい真相からはるかに隔たっている。
小説にありがちな『書くこと』への無条件の信頼を、こんなにシンプルにぶった切ってみせるなんて素敵だ。物語が終わることによって終わる、小説の終わり方も格好良い。
* 2007/08/23(木) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
日本の歴史をよみなおす
日本の歴史をよみなおす
網野善彦 ちくま文庫

 日本史というのは世界史に比べて、非常にドメスティックで細かいことをごちゃごちゃ言っている(何十人もの藤原氏とか、よく分からない文化史とかをむやみに覚えさせられる)という印象があったのだが、全くその観点を改めさせられた本。世界史はそのダイナミクスが面白いが、日本史は丹念に追っていくことで自分たちの考え方やルーツに直結していく面白さがある。
 13世紀末から14世紀(鎌倉末期から室町時代)という、いまいちマイナーな印象のあるこの時代が、実は古代を引きずった日本が近世、さらに現代へとつながる流れへと変わっていく転換期なのだということから、日本史を考え直していく。古い資料や絵画も沢山載っていて、昔の人の考え方の一端を知るようで面白い。
○文字について
日本では漢字・片仮名・平仮名と3種類の文字が使われているけれど、それぞれ誰にどのように使われていて、それが歴史的にどういう意義があるのかということについて。ページ数の関係から、少々物足りない感じ。日本は結構昔から識字率(女性も)がこれほど高かったのは意外。
○貨幣と商業・金融
貨幣と国家権力は不可分の関係だが、それがどのように市井まで流通するようになり、商業・金融と結びついていくかについて。呪術の道具としてマジカルな意味も持っていた貨幣が、それ故に世俗の人間関係から切り離され、交換価値として全国に流通していく。その中で、商業や金融に携わる者は、神に仕えるものとしての一面を持っていた。寺や神社に高利貸しが多かったのも、この流れで行くなら必然なのか。
○畏怖と賤視
畏怖という形で特別視されていた者たちが、やがて差別対象へと変わっていくことについて。14世紀頃から自然が畏怖すべき対象から、支配すべき対象へと変わり、また支配しきれない不合理なものとしての怒りが、死や動物など自然を扱っていた者・また障害者などを卑しい者へと変えていく。
○女性をめぐって
現代以前女性はずっと抑圧されていたと言われるが、果たしてそうだったのか。女系・男系の概念のなかった日本の社会に中国の男性優位な律令という制度が入ってきたことで起こる建前と実際のゆがみ。そして、自然が駆逐されていく中で同時に起こる女性への蔑視。
○天皇と「日本」の国号
この章は、自分の勉強不足がたたって、いまいち理解不足。ただ、「日本」(ひのもと=東)という国号が非常に中国を意識してできているという指摘に目から鱗。
○日本の社会は農業社会か
「百姓=農民」という先入観。封建社会という土地を中心として見ることによって、切り捨てられてきた視点。実業家的側面を持っていた水呑百姓の一部。残る公式資料の偏りと権力者の農本主義の要請。
○海からみた日本列島
山がちな土地といえど、水流ネットワークが発達していた時代では、むしろ発展した都市としてあった。島国は周りから閉ざされていたのではなく、むしろ水という柔らかなネットワークに包まれて、各地(外国も含む)との緊密な交流の中にあった。
○悪党・海賊と商人・金融業者
土地という不動産ではなく、金銭や商品という流動資産を扱う者たちは、権力機構から離れ、「悪党・海賊」と呼ばれ一定の独立した勢力としてあった。また、権力者側からこれらの者たちを取り込もうとする動きもあった。
○日本の社会を考えなおす
以上のまとめ

 「舞踏会へ向かう三人の農夫」を読んだすぐ後だからか、『歴史』はまさに自分たちの住んでいる時代を投射して成り立つものだなあと言う印象。1945年をさかいに全く断絶されてしまう日本史とか、女性史の流れとか、対象の時代だけでなく、語っている時代そのものを語っているわけである。
* 2007/08/19(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
レ・コスミコミケ
レ・コスミコミケ
イタロ・カルヴィーノ ハヤカワepi文庫

 科学理論とほら話の奇跡の融合。宇宙の始まりから存在するというqfwfqという老人が、星の誕生や生物の進化など、自分の見てきたことを語って聞かせてくれる連作短編集。qfwfq爺さんが語ってくれる、宇宙の始まりや進化の話は不思議で楽しく、「実際見たのかよ」とつっこみたくなるのだが、「見たんだ」と言われれば「そうですか」としか言いようがなく、とにかく読んでいてとても幸せな気分になれるのでそれで良し。
 以下、特に面白かった話の雑感
『昼の誕生』
もやもやとしたガス状の空間から、恒星と惑星が発生するまで。Bブ'bお祖母さんのドーナツ盤も良いけれど、引っ込み思案の姉G'd(w)nが固まりかける地面へと飲み込まれていき、その後年金生活者と結婚していたのが発見される顛末が可笑しすぎる。
『宇宙にしるしを』
基準点を作ろうとがんばる話。今はもう存在することさえできないしるしに寄せるセンチメンタル。
『ただ一点に』
ビッグバンの話。まさにただ一点に置いて、全てを含み、全てに含まれるみんなのマドンナPh(i)Nko夫人が「みなさんにスパゲッティをご馳走してあげたいわ」と言うことから始まる宇宙。イタリアっぽくて素敵。
『水に生きる叔父』
陸に上がった同族たちの中で、唯一頑なに水中に残った権威ある叔父の話。いかにも昔風な言い回しで、決して地上生活を認めようとしない叔父が面白い。途中からオチは予想できるが、やっぱり読んでいて楽しいので無問題。躍動感にあふれるLllお嬢さんが可愛い。
『いくら賭ける?』
仮説と確率の話。考えれば考えるほど、掛けは当たらなくなるよねえというのは実感。
『空間の形』
一般相対性理論の話。難しいことを考えなくとも、質量があれば空間が歪むと言うことさえ分かっていればOK。最後のあたりは書物の話なのか?
『光と年月』
徐々に遠ざかっていく銀河群と目撃談と立て看板の話。一億光年彼方にある惑星に突如立てられた<見たぞ!>と言う看板。実はqfwfqさんは2億年前にとんでもないことをやらかしていて、それが1億年かけてその星で見られ、また1億年かけてメッセージをqfwfqさんが観測できるようになったのだ。qfwfqさんはなんとか自分のイメージを回復させようと、色々考えるが、実はその間にも銀河の離れていくスピードはどんどん速くなっていて…。なんやかんや言って、qfwfqさんは、結構他人の目を意識しすぎていると思う。

 qfwfq爺さんが語るということによって、抽象的で全般的なものを語るはずの理論が、いつのまにか非常に身近で個人的な体験へとすり替わっていくという、距離感の操作が面白い。科学に即しながらも、語るというフィルターを通すことによって、全く自由な世界の描写というほら話になる不思議さ。それでいて、この世界の描写でもあるという巧みさ。科学理論をこんなにも面白く、文学的に仕上げている作品を読んだのは初めてで、非常に良かった。

 今回は一番笑えたところから引用。『昼の誕生』の平凡なおじさんが、星の誕生によってあれよと言う間にどんどん離れていってしまう場面から。
 すると、今ではすっかり遠く、かすかにくり返しているばかりの叔父さんたちの声が聞こえた。「ばか……ばか……ばか……」
本当に馬鹿だ。
* 2007/08/10(金) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
舞踏会へ向かう三人の農夫
舞踏会へ向かう三人の農夫
リチャード・パワーズ みすず書房

 蘊蓄語りがたくさんの、一枚の写真から始まる二〇世紀の歴史探訪。
 文章一文ごとに皮肉やユーモアが効いているのだが、どこかセンスが合わなかったのか、最後までぼんやりと読み進めてしまった。2段組の400ページはかなり分量が多い。
 あらすじ。わたしはデトロイトの博物館で三人の農夫が写った写真に出会い、その写真について調べ始める。1914年、三人の農夫たちは舞踏会へと向かう途中で、自転車に乗った写真技師に出会い、写真を撮られる。そして1980年代の現在、ピーター・メイズは復員パレードの終わりに目にした赤毛の女に心惹かれ、彼女を見つけだそうとする。
 3つの筋はそれぞれ独立しているが、一枚の写真をめぐって複数の解釈がからんでいくことにより、平面的な唯の一枚の写真は、それぞれにとっての20世紀へと立体化していく。題名にもなっている一枚の写真は、1914年に撮られたものであり、歩き途中に振り返ってこちらを振り返った青年たちはこちらを見つめ、その向かう先には舞踏会、つまり大戦と共に幕開けする暴力に彩られた20世紀が待っている。
 プルーストの『失われた時を求めて』について、結構言及されていてそこはかとなく嬉しかったりした。低学歴で大量生産の生みの親で且つ奇人のフォードや、虚構に囲まれたフランスの女優サラ・ベルナール、そして「20世紀の肖像」をのこそうとした写真家ザンダーなどの多くの者たちの伝記的描写、歴史論・機械論・写真論など蘊蓄にあふれた論説、さらには随所に科学的知識がちりばめられ、これら多くの知識を巻き込みながら、20世紀の歴史を浮き上がらせると共に、それは私たち自身の歴史の受け止め方であり、自分自身の歴史へとなっていく。
 最初は何だか抽象論と全く筋の見えてこない断片の話ばかりでぴんとこないが、少しずつ混ざり合い始めながら何度も語り続けられているうちに、自然とそんなものかと思えてくるようになるのは不思議。
 同じ歴史を描くにしても、よく較べられているのを見るエリクソンの「黒い時計の旅」は、圧倒的なイメージのパワーによってぐりぐりと歴史を上書きしていくような力強さが印象的だったが、こちらは語りのウィットと衒学的知識に乗せて、滑るように歴史を複視化しているような感じがした。
 1900年代に入っても、本気で平和船を作ってしまうフォードのおじさんのいかれっぷりが面白い。最後のメイズの遺産のオチにもやられた。まさに「仲間を助けよ」!
* 2007/08/05(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
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