÷0  ジャンル雑多な読書感想文
2006.06 « .1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31» 2006.08
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
* --/--/--(--) # [ スポンサー広告 ]
Intorelance あるいは暮林助教授の逆説
漫画ですが
「Intorelance あるいは暮林助教授の逆説 」
川原泉 白泉社文庫

 ほのぼのした作風で、どことなく哲学風味が感じられないこともなく、恋愛色が薄いのが持ち味の川原泉作品。最近『笑う大天使』が映画化したので、ちょっと話題。が、この作品はそんな彼女には珍しくシリアスな感じのサスペンス短編。文庫版「中国の壷」あるいはコミック版「ゲートボール殺人事件」に所収。おそらく古本屋を探した方が早い。
 あらすじ。女子大生、鷹見陸にうり二つの大学生が、去年失踪した。それはともかく、暮林助教授に不当に単位を認定されなかった鷹見は彼に講義しに行くが、「気にくわない奴に似ている」という理由で一蹴されてしまう。彼は既婚者で業績も上げているが、妻には逃げられている。諸事情から鷹見は、担当教授であり暮林の親友である各務と共に、アルバイトとして暮林助教授の別荘に向かうことになる。そこにある桃の木は、なぜか一つだけとても甘い実がなるのだったが。
 記憶の差し替えとか、忘却とか、思考実験とか、かなり好みである設定満載のサスペンス短編でした。知的スノビスムを刺激される感じで。たまに差し挟まれるギャグも、適度に気が抜ける。
 他の短編も一風変わった感じのものが多く、だからといって説教臭くもなく、普通の少女漫画はなんだか合わないなあと思う方は、是非。


以下ネタバレ
スポンサーサイト
* 2006/07/31(月) # [ 企画 ] トラックバック:1 コメント:0
悪童日記
悪童日記
アゴタ・クリストフ 早川epi文庫

 ジャン・ジュネの泥棒日記と勘違いしていた。それなりに前に読んだのだが、感想を書き忘れていたので、思い出しながら書いてみる。
 あらすじ。時代は第二次世界大戦前後、ドイツ帝国占領下にあるハンガリー。母親によって、意地悪な祖母に預けられた双子は、生き抜いていくために強くなろうとする。飢餓・罵詈雑言・痛みなど、さまざまな『悪徳』の鍛練を重ね、双子はその状況を克明に作文にする。
 強欲な祖母、駐留しているドイツ軍人など、決して善人ではなくとも、生きていくために自分に忠実な人間には、双子はある種の敬意をもって接している。逆に、特に悪人というわけでなくとも、周りに安易に同調して、自分の考えを持たずに他人を傷つけるような人間には、双子はとても厳しいと思う。
 極限状況のなかで、他の何ものにも頼らずに、二人だけで自分たちの倫理を貫く強靱な双子は、安易な同情など排し、信仰にも縋らず、己を鍛えて知恵で生き抜いていく姿が、裏返して安っぽいヒューマニズムなど届かない荒んだ社会を表している。最後にあるものを踏み越えて、別々に走り出していく双子に未来はあるのだろうか?
 いっさいの感傷を除いた双子の作文として、この本は書かれている。それは、この双子がセンチメンタルなことを何も感じなかったと言うことではなく、そうせざるを得なかった、そして実際に感傷を失っていく軌跡である。
 気になった登場人物は、双子の隣に住む『うさぎっこ』に売春まがいのことをさせ、双子に脅迫される神父。かといって全くの悪人というわけでもなく、双子に本を貸してあげたり、とあることをした双子を黙認したりもする。あの状況下において神聖な慎みなどとうに捨て、それでもどこかに信仰を捨てきれない姿がですね。何か。

 ちなみに表紙はわかりにくいが、ものすごくネタバレだと思う。
* 2006/07/19(水) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
笑うな
笑うな
筒井康隆 新潮文庫

 時をかける少女も映画化するし、富豪刑事はドラマ化するし、日本以外全部沈没も便乗効果で熱い、ということで、久々の筒井康隆の、代表的ショートショート集。

 どっかでネタを見たような気がするのは、たぶんこっちが本家で、その後多くの人に影響を与えたってことなのだろう。良くも悪くも、時代を代表する大家であるし。
 SF色もあまり濃くないので、筒井康隆を初めて読む人でも手に取りやすいのではないだろうか。お得意のブラックユーモアも、そこまではきついなく、ふふと穿った笑いがこぼれる一冊。
 心があったかくなるような短編を読みたい人は、不思議な交流が心にしみる「座敷ぼっこ」だけ読むといいと思う。
 大笑いしながら笑うなと言う、ひねくれている「笑うな」も面白いが、「傷ついたのは誰の心」が一押し。警官と妻が目の前で不倫に及んでいるのを不条理に見つめる主人公の視線が笑いを誘う。

 今まで一番心に残った(良いか悪いか)筒井康隆の短編は、「農協月へ行く」に所収されている村井長庵。生娘だろうか妊婦だろうが、老いは婆さんから新生児まで犯し尽くす、離島のエセ医者、村井長庵の大暴虐の限りを描いた時代短編小説。情緒なんか徹底的に踏み倒して、スピーディに展開していく筆致、そして肝心なところでやり遂げられない幕切れ。面白いけれど胸焼けします。免疫ないのに、「問題病棟」を読むのもきつい。
* 2006/07/15(土) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
魔の山
魔の山
トーマス・マン 新潮文庫

 偉大なる教養小説。ひたすら長い。しかも漢字が多い。苦労しました。
 あらすじ。就職も決まったモラトリアム青年のハンス・カストルプはいとこのヨーアヒムの見舞いに、山奥のサナトリウムに三週間の予定で滞在を始める。「下の世界」とはかけ離れた習慣と価値観にハンス・カストルプは戸惑いながらも興味を感じる。そこで啓蒙主義のセテムブリーニ氏や乱雑に扉を閉めるショーシャ夫人などと出会っていくうちに、ハンス・カストルプの滞在期間は大幅に3週間を過ぎていくが。
 要するに短くまとめれば、未熟なハンス・カストルプ青年は、他の人の議論や生き方を見て成長しているうちに、うっかり魔の山に7年も滞在してしまったのです。
 「時間」と言う概念について面白い仕掛けがしてあって、語ることによってそれを伸縮させていくという構造になっています。やっぱり小説の中で「時間」と言う概念を改めて発見した「失われた時を求めて」は偉大だなあ。
 ハンス・カストルプ青年は色んな意味でもててます。(特に男に)初恋のようなプシービラフ・ヒッペとのエピソードは普通に面白いし。
 好きなシーンは、最初の方の祖父が死んでしまった場面。(有名な「雪」の章も、もちろん好きですが)黒い立派な襟飾りに包まれて、荘厳かつどこか親しみのある「死」についての描写は、以降ハンス・カストルプにずっと影響を及ぼしています。
 面白かった登場人物は、「人生の厄介息子」としてハンス・カストルプを教育してくれるセテムブリーニ氏。全ての悩みを解決すべく、百科事典を執筆中。近代的理性主義を標榜する彼は、宗教家でニヒリスティックな精神主義のナフタとしょっちゅう論争して、ページを喰います。平和主義者ですが、祖国イタリアを痛めつけるオーストリアとの戦争には賛成。議論していくうちに矛盾がぽろぽろ出てくるのにも気付かない、典型的「楽観主義的近代人」 論的でありながら、共に議論を何よりも重んじたナフタとの決着の付け方が、結局、前時代的な決闘という手段になるのが何とも皮肉。そこでの、彼の毅然とした態度は素敵でした。

 というか、最後はあれで本当にいいのだろうか?
FINIS OPERIS(終わり)
* 2006/07/02(日) # [ 読書感想文 ] トラックバック:0 コメント:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。